読書、本、感想、SF:「老ヴォールの惑星」

 とうとう「老ヴォールの惑星」を読み終わった。読んで分かったが表紙の絵はタイトル作品の絵のようだ。ちょっとストーリー内での風景と違和感があるが。
 この小説は本当におもしろかった。この本は中編集で、「ギャルナフカの迷宮」「老ヴォールの惑星」「幸せになる箱庭」「漂った男」という四つのタイトルの作品がおさめられている。どの作品もおもしろかったが、個人的には「老ヴォールの惑星」が一番面白いと思う。
 この作品群はSFという感じを強く受けなかった。原因はよくわからないんだけど、もしかしたら、人間ドラマに重点を置いているからなのかもしれない。そういう意味ではSF好きではない人にもお勧めできるような気がする。
 「ギャルナフカの迷宮」はSF的設定が曖昧なままな冒険小説のような様相でストーリーが続く。人間ドラマがSF的なんだと思う。
 「老ヴォールの惑星」は遠くの地球とは違った星で生まれた人間とは全く違った生命体の生き様を描いた作品。これが映像化されればユーモラスで暖かいおもしろい作品になるのではないかと思う。生命体のイメージが掴めない場合は表紙を参考にすると良いと思う。
 「幸せになる箱庭」は人間が初めて知的生命体と接触する姿を描いた作品。自分たちより進化した知的生命体の移動手段を発見した人類は主人公を含むチームを送り込む。どっちかというと冒険小説。だとおもう。
 「漂った男」巨大な、海しかない惑星の探索で飛行機が墜落。無事に脱出して遭難した主人公の話。水が食べられる事に気がつき・・・。という話。
ーーーーネタバレ
 <ネタバレっぽい突っ込みを少々。>
 「ギャルナフカの迷宮」:人口によって食料と水がコントロールされているなら、相手を殺して地図を奪うという元々の意味があるのかないのか。殺して奪った地図って使えなくなるんじゃないのかなぁ。
 「老ヴォールの惑星」:知的生命体の擬人化の配分が多いような気がした。姿形も考え方も意思伝達の方法も全く異なる生命体を擬人化しなければ読者に分からせるのは難しいと思うのだが、最後に人類との接触の場面にどことなく違和感を感じた。感動的なはずなんだけど。
 「幸せになる箱庭」:地球人類の物理的な進化、遺伝子的な進化を否定する宇宙人、というかそういう話が出てこないのが何とも納得いかなかった。精神進化だけで良いのかと。仮に進化すらシュミレートできるのだったら、人間を捕まえる意味がないし。
 「漂った男」:そもそも漂っている男を特定する方法はもっといっぱいあったのではないかと。太陽と月の位置の計測から海流の速度を導きだしたり、温度分布と組み合わせたり。まあ、救助されない事がこの話のミソなわけですが。あと、主人公が最後に知能が低下しているのだが、この経過をもう少し段階的に読みたかった。いきなり知能低下しているというのは納得はできるけど違和感がある。どんでん返しとして「水が一つの生命体で・・・」みたいな話でも面白かったかも、と思う。幸せになる箱庭と話がかぶるか。
ーーーーネタバレ

読書、本、感想、SF:「老ヴォールの惑星」” に対して1件のコメントがあります。

  1. 宇宙人」の図宇宙人(うちゅうじん)とは、地球外生命のうち人類並み、または人類より高い知性を持つものの総称。エイリアン (alien)、異星人(いせいじん)と呼ばれることも多い。一時期「EBE(イーバ、Extra-terrestrial Biological Entities、地球外生命体)」と呼ばれ

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