Microsft、iPad、Amazon、Apple:これからのデジタルとインターネットと版権産業

「iPad支配の恐怖?(http://www.gizmodo.jp/2010/02/ipad_11.html)」
「電子書籍の流通支配に出版社はいかに立ち向かうべきか(http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMIT12000008022010&landing=Next)」
「Microsoftは「革新力のなさ」と「内紛」で衰退している――元幹部語る(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1002/08/news073.html)」
という記事を読んだ。
まず一つは、パーソナルコンピュータというジャンルが、今、家電という方向へ大きく動き始めていると感じた。それは、家電がパソコンの方向へ近づいている以上の速度で舵を切ったと思う。iPhoneとそのアプリケーションは、大成功を収めたと言われている。それを引き継ぐであろうiPadがパソコンとして世の中に受け入れられて、各家庭にパソコンとしてWindowsの代わりに広まったとしたら。
iWorkがiPadに対応するらしい。ゲーム業界もiPhoneのプラットフォームに興味があるらしい(http://www.gizmodo.jp/2010/02/pspdsiphone.html)。ネットもつながればホームページも見れる。音楽や動画や書籍の販売もできる。
専門的な事はできないけれど、どれだけ多くの人がその専門的な作業の必要性があるのかというのが一番の問題だと思う。
たぶん、多くの人にとって持っているパソコンはオーバースペックなんだろうと思うが、そのオーバースペックがパソコン業界の進歩を支えていたのも事実。
パソコンというものがどこに落ち着くのか、とても気になる。
パソコンの未来とは逆に、動画、音楽、出版、著作権に関する業界はこれから新しい展開が始まると思う。マスメディアという媒体、ラジオやテレビやインターネットという媒体は基本的に無料で何でも手に入る。昔からラジオの音楽番組をテープに録音したり、テレビの映画の放送を録画したり、インターネットで無料のゲームで遊んだり、情報を無料で手に入れてきた。ラジオはテレビを批判し、テレビはインターネットを批判したが、結局のところ、どのメディアも無料で情報を提供して来た。
無料で提供するには、誰かがお金を出さなければ続かないわけだけど、それを企業の広告という形でメディアを維持した。広告はメディアが大きければ大きいほど、受信者が多ければ多いほど沢山のお金が集まった。
集まったお金を番組作成やコンテンツ作成に当ててきたが、それは受信者を増やすという目的で作られる部分が強い。それは良くも悪くもという部分があるとは思うけど、メディアをコントロールしている立場の人間の判断で評価されるという恐ろしさも持っている。
出版社もテレビ局も不要だとは思わないけれど、今の形がベストだと思わない。
コンテンツを作る人が途中のメディア企業を中継せず、直接多数の消費者に晒されるという選択肢も取りえる今後の方向性はとても素晴しいのではないかと考えている。という意味で、Appleの閉鎖的な市場コントロールよりは今のところAmazonの適度な開放路線が選択肢として残って欲しいと思う。
パソコンは、メディアを構成していた、文章作成、画像作成、動画作成、音楽作成という専門分野を普通の人に開放するツールとして、機能してきた。Microsftが革新的なのか、Appleが先進的なのか、開発者が先導したのかは良いとして、いろいろなツールが作られた。
今、AppleはiPhoneという市場を作り出し、iPadへ広げようとしている。これがスタンダードになって、Microsftも追従していくようなことがあれば、ソフトウェア市場はどうなるんだろう?と考えてしまう。
Linuxもあるし、Javaもあるし、フリーソフトというジャンルが消え去ることも無いだろうとは思うが、気軽に手に入る導入ソフトの存在は大きい。
記事の最初に書いたハードウェアがハッキングできなくなることで、パソコンに興味を持つ人口が減り、その事が、ソフトウェア開発者を減らしたり、個人的にフリーソフトを趣味で開発するような人口を減らしてしまわないだろうかと心配になる部分である。


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